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東京高等裁判所 昭和45年(ネ)1382号 判決

理由

一、訴外木村琴が昭和四〇年四月五日、控訴人を受取人として金額六四万六、九七〇円、満期同年七月五日、振出地支払地ともに静岡市、支払場所株式会社第一銀行静岡支店なる約束手形一通を振出し、被控訴人が振出人のため手形上の保証をなしたこと、被控訴人が右手形の所持人となり、前記満期日に支払場所に呈示して支払を求めたところ、支払いを拒絶されたこと、以上の事実については当事者間に争いがない。

二、よつて被控訴人の弁済の抗弁について判断する。被控訴人は、本件手形金を昭和四〇年七月三〇日に控訴人方に持参して支払い、同時に本件手形と同日に振出した二六万〇、三五〇円の手形については書き換えたと主張する。《証拠》によれば、被控訴人主張の日に本件手形と同日に振出した額面二六万〇、三五〇円の手形については書き換えられたことが認められるが、被控訴人が右同日本件手形金を支払つたとの点については、《証拠》により認められる、本件手形については各該当欄に入金の記帳がない事実並びに《証拠》と対比して容易に措信し難い。又本件手形が控訴人の手もとに残存している事情に関して、《証拠》中、訴外木村琴が本件手形金を支払つた際、領収書を請求したところ、控訴人は、前に領収書がいつているから、それでよいというので、手形振出しの際貰つた領収書(乙第一号証)があればよいのだと思い、重ねて領収書の交付も、手形の返還も求めなかつた旨の供述は、《証拠》と対比して措信することができない。もつとも当審証人良知久代の証言中には、手形金の支払を受けた場合にも手形を返還しない事例が可成あつた旨の供述があるが、右供述により前記判断を左右することはできず、他に被控訴人の弁済の主張を認めるに足る証拠はない。

被控訴人は、控訴人は、昭和四二年五月八日訴外木村琴に対して呉服類の売買代金請求の訴訟を提起しているが、本件手形金については請求しておらず、又右訴外人から手形を受け取つて取引を継続し、満期日が本件手形のそれより後の手形について書換を認めているのであつて、これらの事実よりしても本件手形金が支払われているということができると主張する。これら主張事実のうち手形書換えについては前認定のとおりであり、その余の事実については《証拠》により認められるが、原審証人桑原学の証言によれば、訴外人木村琴に対する債権回収のため、同人との取引を継続したことが認められ、当審における控訴人本人尋問の結果(第一回)によれば、控訴人は、訴外木村琴との取引によつて生じた債権のうち保証人のついていない分については直接同訴外人に訴求しているが、保証人のある債権については、訴外人の支払能力を勘案して保証人に請求していることが認められ、又当審証人良知久代の証言、原審における控訴人本人尋問の結果によれば、控訴人方の取扱いとして、手形を満期日に落せないときでも、書き換えるとは限らないこと、本件手形については、訴外木村琴が同人の都合で本件手形金は支払いかねるから書き換えないと言つたので、二六万〇、三五〇円の手形についてのみ書き換えを認めたことが認められるから、被控訴人主張の如き事実があつたからといつて、これをもつて本件手形金が支払われているものということはできない。従つて被控訴人の弁済の抗弁は採用することができない。

三、次いで時効に関する抗弁、再抗弁について検討する。

被控訴人の訴外木村琴に対する本件手形債権の時効による消滅の抗弁に対して、控訴人は、右時効は右訴外人の債務承認により中断していると再抗弁する。いずれも成立に争いのない甲第六ないし第八号証、当審における控訴人本人尋問(第二回)の結果によれば、控訴人は、昭和四一年六月二二日頃、昭和四二年八月一九日頃、昭和四三年一月二九日頃の三回にわたり右訴外人から同人の印鑑証明書の交付を受けたことが認められるが、右印鑑証明書の交付が右訴外人の本件手形債務承認の趣旨でなされたとの点については、前記本人尋問の結果をもつてしてもこれを認めるに足らず、他に右事実を認めるに足る適確な証拠はない。してみれば、本件手形の満期日は、前記のとおり昭和四〇年七月五日であるから、それより三年の経過により本件手形債務の時効は完成したものというべきである。

もつとも前記本人尋問の結果により成立が認められる甲第九号証及び同本人尋問の結果によれば、訴外人木村琴が昭和四四年二月七日頃控訴人に対し本件手形債務を承認したことが認められ、消滅時効完成後に債権者に対し債務の承認をした場合には、時効完成の事実を知らなかつたときでも、その後その時効の援用をすることは許されないと解すべきである(昭和四一年四月二〇日最高裁判所大法廷判決参照)。しかしながら時効利益の放棄の効果は相対的であつて、主たる債務者が時効利益を放棄しても保証人には影響を及ぼさないから本件手形債務の保証人である被控訴人は、自分に対する関係で主たる債務の時効消滅を援用して、保証債務の消滅を主張することができるというべきである。

従つて、被控訴人の保証債務についての時効に関する抗弁につき判断するまでもなく、被控訴人の本件手形上の保証債務は消滅しているものということができる。

四、以上の次第であるから、被控訴人に対し本件手形上の保証債務の履行を求める控訴人の本訴請求は失当として棄却すべきである。

よつて右と同旨の原判決は相当であつて、本件控訴は理由がない

(裁判長裁判官 石田哲一 裁判官 小林定人 関口文吉)

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